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よろづ天道まかせで

冗員

官僚を削減するというのはいつの時代も難しいようだ。明治6年、木戸孝允(きどたかよし)が大久保利通(おおくぼとしみち)と仲が悪くなって、そのあてつけに、新政府に辞表を出したが、そのとき、三條實美(さんじょうさねとみ)に宛てた書翰のなかに下記の一文がある。なかなかカッコよいが、要は辞めてやる、という口上。政治的掛引で、そんな気はさらさらなかったというのが本当のところだろうが、「冗員(じようゐん)を被為省候(はぶかれさふらふ)は、今日の御一急務に付(つき)」は、省いてしまいたい政治家や官僚のいるご時世に使える文かも。

「孝允(こういん)儀(ぎ)は、先年来申上置(せんねんらいまをしあげおき)、猶此度(なほこのたび)も逐々(おひおひ)言上仕候通(ごんじやうつかまつりさふらふとほ)り、免職之処(めんしよくのところ)、偏(ひとへ)に奉歎願候(たんぐわんたてまつりさふらふ)、短才微力(たんさいびりよく)、不堪其任(そのにんにたへず)、上於朝廷(かみはてうていにおいて)も、冗員(じようゐん)を被為省候(はぶかれさふらふ)は、今日の御(ご)一急務(きふむ)に付(つき)、平生(へいぜい)の宿志(しゆくし)被聞召候(きこしめされさふら)へば、・・・」