a1ma1mブログ

よろづ天道まかせで

隣保団結

昭和7年に権藤成卿は、市町村制につき『農村自救論』で、こう書いていた。こう彼が指摘する時まで「あらゆる曲折を重ね」、それからさらには現在まで輪を掛けて曲折を重ねたとはいえ、キホンは昭和7年に彼が指摘したこととなんら変わらないように感じる。地方共同の利益なぞ、私権の勢いに衰退するばかりであるし、隣保団結、共存互済の慣習など死滅してしまっているしなあ。

「現行市町村制は、明治二十一年四月十七日、伯伊藤博文を総理とし、伯山県有朋を内相として『地方共同の利益を発達せしめ、隣保団結の旧慣を尊重し、益(ますま)す之を拡張す』との詔旨を奉じ、之を公布せしものである。爾来既に四十五年を閲(け)みし、其間あらゆる曲折を重ね、共同利益の発達は、個人尊重の気勢に掩圧され、隣保団結の旧慣存重は、これを拡張する由もなく、其自治体に、食糧管掌の権も、人事仲裁の権も、治安防衛の権も認められず、悉く皆な官命に支配され、自治とは醜劣極まる代表議員の選挙、取留めもつかぬ党派的利害感情に始終し、苛重なる租税の負担と、増積せる債務の督責に耐へ得ざる今日に及び、猶ほ自覚的奮起の気力なく、只だ徒らに渋苦を叫び、哀憐を求め救恤を待ち、共同団結の権威を失却するは、自(おのづか)ら我歴史ある農本自治の公典を破却し、明治大帝の叡旨を放擲することゝなる。・・・