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よろづ天道まかせで

市場

『秘録』第四の相場高下論にこうある。

「相場の高下ハ人の売買するに付て高下するといへとも是をなすは人力の及ふ所にあらす 天地自然の道理なり 大富なる人金銀の力を以て或は買〆売出す時一旦其米の高下ある様に見ゆる事ありといへども始終に其功ある事なし 万民の人気日本国より集りてなす高下なれハ一人の力を以てなすハ喩(たとへ)いかほとの大富成人とてもならさる道理を弁(わきま)ふへし 既に商始(はじま)れは米中買商人ゆび先にて一統に手を打 村鳥(むらとり)のねぐらを争ふ如く数千の人毎日数十万俵うりかい一俵も違はす日々に滞(とヾこほり)なく帳面納(おさま)る事又外に類(たぐい)なき商也 いか程高下有ても邪(よこしま)をいふ人なく誠(まこと)に産業(すぎはい)の中 正直成商是にまさりたる事なし 喩(たとへ)ハ善悪の人立交(たちまじは)るといへとも此商に偽(いつは)りを以て立身出世ならさる理を知るによつて自然と邪をいふ者なく正直が習と成ぬ 是此米商は天地自然の理を以て高下をなす事明らか也 是によつて諸万物の直段是を元(もと)として位(くらい)を知る理哉(ことはりなるかな) か様の道理あれは此商に心を用ん人ハ正直を元として謀(はか)る所私(わたくし)の心を以て相場に贔負をつけず掛引の法を以て勤すしては立身出世のならさる事成へし

まったく市場というものはこういうものだなあ。富力あるものの腕力や恣意で事がきまるものではない。そのようなことがあっても長続きするものでもない。多数の参加者による無数の売買で価格が決まる。市場の公正さはなににも代え難い。まことに「正直が習いとなる」。

ここで産業に「すぎはい」とルビが振ってあったが、「すぎあひ(生業)」のことだろう。人の手がけるなりわいのなかで、米相場という市場がいちばん正直だと言っているわけだ。ごまかしが入りこめない点では「天地自然の道理なり」というのも分かる。