a1ma1mブログ

よろづ天道まかせで

青木村無利五ヶ年賦貸付準縄帳跋文

若い時分に経済学を指導してくださった高名な経済学者は常日頃、経済学は分配論が未完成だとおっしゃっていた。

分配の問題は経済学にとってばかりではない、なによりも社会とその経済の問題であり、政治の問題であり続けている。

今般の経済危機は第二幕、第三幕へと突き進んでいるように見えるが、引き合いに出されるかつての大恐慌、その大恐慌後に(1934から1948)連銀の議長であったエクルズは国民所得の賃金と利潤への間違った分配に危機の原因があると指摘していたという。

米国人大衆に十分な賃金が配分されず、他方で企業が莫大な利潤を得ていたというわけだ。

エクルズの言葉。

もし国民所得がよりよく分配されていれば、言い換えるなら、もし企業が利潤をより少なくし、もっとも富裕な階層が所得をよりわずかなものとし、ほとんどの慎ましい家計が幾分多くをもったならば、経済はかなりしっかりしていたであろう。

所得分配のよろしきを得なければ危機に至るのほかない。

まことに二宮尊徳が「青木村無利五ヶ年賦貸付準縄帳跋文」で言うように、

古語有国有家者不患寡而患不均不患貧而患不安盖均無貧和無寡安無傾と宣へり*1

ま、こんな意味か:古語に、国有れば家あり、寡きを患えずして均しからざるを患う、貧しきを患えずして安からざるを患う、けだし貧なければ均、寡なければ和す、傾くことなければ安し、という。

いつにも真理は変わらない。

いつの時代も変わらんと思う。

*1:二宮尊徳、「青木村無利五ヶ年賦貸付準縄帳跋文」